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自然を愛し、すべての命と
共存する方法を学ぶべし

私たちはすでに環境保全と生態教育の重要性を知っている。しかし、子どもたちは自然環境に触れる機会も、自然の命と触れ合う時間もまったく足りていない。自然を知らない子どもに自然を教え、自然を愛せる力を育てられるよう、大人たちが取り組まなければならない。 自然を知らなければ、自然を愛せない 自然を知らなければ、自然を愛せない 数年前、私たち夫婦は息子と一緒にニューヨーク市で夏を過ごした。ロックフェラー大学で研究する機会をいただき、息子が大好きな都市、ニューヨークで暮らすことができたのだ。世界一の大都市であらゆる貴重な経験をしながら過ごしていたある日、息子の大好きなアメリカのドラマ『フレンズ(Friends)』の1年分のDVDを借りて、家族みんなで朝から晩まで見たことがある。 とても興味深いドラマだった。ところが、ドラマを全部見終わった後、「面白かっただろ?」と聞いてくる息子の質問に、私は頷きながらも一言言わずにはおられなかった。1年分のドラマの中にただの一度も、木が画面に登場しなかったからだ。ドラマはもっぱら、ニューヨーク市のとあるマンションの二部屋で起こる出来事を描いている。外出シーンがあったとしても、近くのカフェがせいぜいだ。私の世代は『大草原の小さな家』や『わが家は11人』などを見て育った。アメリカの大平原と山林を背景に描く家族ドラマを見て育った私の世代と、一本の木すら登場しないニューヨークのどまん中だけを見て育った今の世代が、同じことを考えるなどと期待するのは難しいだろう。 私たちは今、環境保護が何よりも重要視される時代に生きている。しかしながら、子どもたちは自然環境に触れる機会を徐々に失っている。自然を知ってこそ、自然を愛することができるし、保全することもできる。だから私はどんなに忙しくても、子どもたちにできるだけ会うようにしている。幼少期に私から自然に関する話を聞いた子どもなら、大人になっても自然をおのずと愛することになると信じている。幼稚園でアリに関する話をした後、たまに先生から次のような内容の手紙をもらったりする。子どもたちが運動場でつま先歩きするようになったと。それはアリを踏まないためだという。つまらない、小さな存在だからといって平気で踏みつぶしていた子どもたちが、アリがどんなに不思議な存在なのかを知ると、自然にその存在を大切に思うようになる。私に「チョウセンイチモンジタナゴ」という川魚と貝の共生について講義を受けた子どもが将来、染色工場の社長になった姿を想像してみた。土砂降りの日、社員の一人が駆けつけて「社長、今ですよ。 今だったらこっそり汚水を流しても誰にも気づきません。費用を削減できる絶好のチャンスです」と誘っても、それに乗るどころかその社員を叱ると私は信じている。「君、あの川に何が棲んでいるか知ってるのか?チョウセンイチモンジタナゴが棲んでいるよ。その魚は貝の入水管の中に卵を産むんだ。そしたら貝がその卵を孵化させる。それを守るために、我々はもっと頑張ねば」 気候変動と生物多様性の枯渇が人類の未来に暗雲を漂わせている。私たちは我々自身を「ホモ・サピエンス(Homo sapiens)」すなわち「賢い人間」だと自画自賛しているが、環境破壊の現状を見ていると、果たして私たちが本当に賢い動物なのか疑わずにはいられない。人間が地球上で最も優れた頭脳を持っているのは確かだが、決して賢い動物ではないと思う。私たちが本当に賢明な存在であれば、私たちの住むこの環境をここまで破壊しなかったのではないか。だから私は以前から、我々人間はホモ・サピエンスという傲慢極まりない名前を捨てて「ホモ・シンビアス(Homo symbious)」すなわち「共生人」に生まれ変わるべきだと主張してきた。この地球を共有し、生きている他の命と共生する方法を考えねばならない。それをするのは今の子どもたちだ。彼らが自然を楽しみ、自然を知り、そうして自然を愛するよう、私たち親世代が方法を探す必要がある。 愛された子が愛せる 愛された子が愛せる この世に愛ほど価値のある教育はないと思う。愛に飢えた子どもは、常に愛してもらおうと周りの顔色をうかがう。充分に愛されている子どもはいつも堂々としており、あふれんばかりの愛を他の人にも伝えようとする。愛情を注ぎすぎると子どもがダメになるのではないかと心配する人もいるが、私はそう思わない。真の愛ではなかったため、そうした結果になったと考える。子どもへの真の愛がどういうものかは、親なら本能的に知っているはずだ。惜しみなく愛せば、その愛をもらった子どもが他の人を愛するようになると信じている。愛ほど伝染力の強いものはないからだ。 私は頭で計算する愛よりは、心から溢れ出る動物的な愛のほうが強力で効果的だと思う。動物的な愛とは、盲目的な愛を指すわけではない。忍耐強く、惜しみなく与えて、時が来れば未練なく別れられる愛だ。これまで私が見てきた動物の母は、学んだことが人間ほど多くなくても子どもを充分愛していた。私の招待でたびたび韓国を訪問してくださる、世界的なチンパンジー研究者かつ環境運動家の「ジェーン・グドール」博士もこう話す。「我々人間は、これからは賢い頭脳と温かい心を結びつけなければならないと」 教えることを恐れないように 教えることを恐れないように 最近、子どもに対する誤った愛情によって、子どもの教育を放棄してしまう親をしばしば見かける。そういう親はよく「子どもを自由に育てているのだ」と詭弁を弄するが、私には親の役割を放棄する、一種の「職務怠慢」としか考えない。公共の場で人に迷惑をかけていることも知らず、また承知の上で放置しているにもかかわらず、自分の子どもがちゃんと育つことを期待していたら、それは大間違いだ。人間がもし社会的動物でなければ、いいのかもしれない。独りで自由に暮らすことができれば問題ないだろう。自分の子どもに、財テクでもして人に会わずもっぱらパソコンに向かうような人生を過ごしてほしいなら、それでよかろう。しかし、人間が社会的動物である以上、自分の子どもが他の人に認められ、「人間らしく」生きることを望むのなら、人と一緒に暮らす方法を子どものときから教えなければならない。 チンパンジーの研究者として「ジェーン・グドール」博士に引けを取らない「フランス・ドゥ・ヴァール(Frans de Waal)」博士は、チンパンジー社会を研究し、「チンパンジーの社会では何を知っているかより誰を知っているかが大事」という結論に至った。まるで地縁や学縁などを優先することを擁護する発言に聞こえるかもしれないが、人間社会において人間関係が重要であるように、チンパンジーの社会でも「チンパンジー同士の関係」が重要という意味である。他人の気持ちも分からず、配慮もできない人が、どうやって他人と一緒に暮らせるだろう。 動物社会にも教育制度があるのか疑問に思う人もいるだろうが、彼らも彼らなりに一生懸命教えたり学んだりする。動物社会における学びとは、主に「真似する」ことを意味する。日本のサルが、土の付いたイモを水で洗って食べる行動はよく知られている。しかし、彼らが最初からそうした行動を知っていたわけではない。イモ(Imo)という2歳の賢いメスザルが考え出した行動を、他のサルたちが見て真似するようになったのだ。それ以外にも自然界には、他の個体の行動を見て学ぶケースが多く存在する。このように動物社会にも「学び」が存在するのは確かだが、果たして教えも存在するのだろうか。人間社会のように組織的な教育団体があるわけではないが、動物社会にも確かに教育課程がある。羽毛が生えそろったばかりの子どもに飛び方を教える母鳥を見ても、動物世界にも彼らなりの教育課程があることがすぐ分かる。まず、ある程度飛ぶ様子を見せて、子どもがそれを真似して飛んでみるよう励ます母鳥は、人間社会の先生そのものだ。母ヒョウの場合は、生きている獲物をしばしば子どもに与える。子どもがそれまで母ヒョウが狩りをする様子を見て学んだことを、実習して慣れさせるためだ。自分がいつまでも子どものそばにいて獲物をやれないことがわかっているため、簡単には食べさせず、しつこいくらい教えるのだ。私たちも手遅れになる前に、教えることはしっかり教えるべきであろう。子どもが何度も飛行に失敗して羽をばたつかせても、決して諦めない母鳥のように。 この記事は、チェ・ジェチョン氏が書いた原文を一部編集したもので、以下のように著者の文章がおおむね収録されている。出典:チェ・ジェチョン『教えと学びの生物学』(韓国青少年相談院編『愛し方を変えなさい』2002、p.117~132) 文:チェ・ジェチョン(梨花女子大学エコ科学部碩座教授、生命多様性財団代表) 動物行動学専門の生物学者。元ソウル大学教授、元国立生態院院長。現在は梨花女子大学碩座教授と生命多様性財団代表として活動中。人類が持続可能な進化を遂げつつ生存するためには「平和共生」が必要だとの考えから、現生人類「ホモ・サピエンス・サピエンス」ではなく、「ホモ・シンビアス」と名付けている。

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关爱大自然
学习与所有生命和谐共生

我们都知道环境保护和生态教育的重要性。然而,我们的孩子们却没有足够的机会去亲近大自然,与大自然的生命接触的时间也很少。因此,大人们要努力通过教育让孩子们了解大自然,培养热爱自然的能力。 了解大自然,才能关爱大自然 了解大自然,才能关爱大自然 几年前,我和妻子带着儿子在纽约度过了夏季。儿子非常喜欢纽约,当时我获得了在美国洛克菲勒大学的研究机会,所以在纽约生活了一段时间。我们在世界最大的城市经历了各种新奇的体验。有一天,我们去租了儿子最喜欢的美剧《老友记(Friends)》,借了一年份儿的影碟,一家人从早到晚看了一整天。 这是一部非常有趣且制作精良的电视剧。在看完整部剧集之后,儿子问我:“爸,是不是很有意思?”我点了点头,同时吐槽了一句。那是因为在这一年的剧集里,所有的场景都没有出现过一棵绿树。整个剧情是以纽约市一栋公寓楼里的两个家庭为背景展开的。即便有外出的场景,也只是公寓附近的咖啡馆。我们这一代是看着《草原上的小木屋》、《华生一家》等影视剧长大的。一个是以美国广阔的平原和山林为背景的家庭剧,一个是以纽约市区为背景、不出现一棵绿树的电视剧,看着两个不同背景电视剧长大的两代人必然会存在代沟。 我们现在生活的时代,环保已成为十分重要的美德。然而,我们的孩子接触大自然的机会却越来越少。只有了解自然才能关爱自然,从而保护自然。所以,平时再忙我也会尽量空出时间去见孩子们。因为我相信从小听我讲关于大自然故事的孩子们在成年后会自然而然地喜欢大自然。我在幼儿园做完蚂蚁讲座后,有时会收到老师的来信。信里说道,听完我的讲座后,孩子们为了不踩到蚂蚁,在操场都会抬着脚后跟走路。这些孩子们原本认为踩死一只蚂蚁是一件无关紧要的事情,但当他们知道蚂蚁也是一种十分神奇的存在后,便开始自觉地去保护它们。我相信,当孩子们知道一种叫做朝鲜鱊的淡水鱼和蛤蚌共生的故事之后,在他成年后成为染色工厂的老板时,在一个下着暴雨的日子, 员工跑来和他说:“老板,现在正是好时机,把污水倒入河里谁都不会知道。这样就可以节省成本。”的话时,他不会被说服,反而会这样教导那个员工,“你知道在那条河生存的生物吗?有种叫做朝鲜鱊的淡水鱼会在蛤蚌的入水孔里产卵。然后蛤蚌会孵化这些卵。我们要努力保护这些生命。” 气候变化和生物多样性的锐减给人类的未来蒙上了一层阴影。人类自诩“智人(Homo sapiens)”,即“智慧的人”,然而看到周边的环境被破坏时,我会产生疑问“人类真的是明智的动物吗?”。人类是地球上大脑最发达的动物,但绝不是明智的动物。如果人类是智人,就不会如此破坏我们赖以生存的家园。因此,从很早以前开始,我就在反复强调人类应该摒弃高傲的姿态,要成为“Homo symbious”,即“共生人”而非智人。我们需要寻找与地球上所有生命共生的方法。而需要完成这个课业的就是我们的孩子。作为父母要帮助他们寻找方法,才能让孩子们享受自然、了解自然、关爱自然。 只有被爱过的孩子才懂得去爱别人 只有被爱过的孩子才懂得去爱别人 唯有“爱”是这世上最宝贵的教育。渴望得到关爱的孩子,会经常看他人的眼色。在足够的关爱下成长的孩子会充满自信,也懂得关爱他人。有些父母会害怕过度的关爱会给孩子带来不好的影响,但我不这么认为。过度的关爱不等同于溺爱,溺爱不是真正的爱,自然会带来不好的结果。作为父母应该知道哪一种爱才是给孩子带来正能量的真正的爱。只有毫无保留地关爱孩子,让孩子得到充分的爱,孩子才会懂得关爱他人。因为“爱”的传染性是极强的。 我认为,比起用大脑计算的爱,如动物般本能地发自内心的强烈的爱更具效果。所谓动物般的爱并不是单纯盲目的爱,而是反复忍耐、毫无保留的爱,并在适当地时候懂得放手、不留遗憾的爱。迄今为止,我所看到的雌性动物都是擅于给予这种爱的,虽然它们所学到的东西比人类要少很多。我经常邀请世界著名的黑猩猩研究专家兼环境运动家珍妮·古道尔博士来韩参观和演讲,她经常说人类需要将明智的头脑和温暖的心联系起来。 不要畏惧教育 不要畏惧教育 当今时代,有一些父母因为对孩子错误的爱而放弃对孩子的教育。这样的父母通常会有一个谬论——让孩子自由成长。在我看来,这类父母根本没有资格成为父母,是一种“玩忽职守”的表现。当自己的孩子在公共场所大声吵闹、搅扰他人时,对其放任不管或置之不理的父母,如果期望孩子能够正常成长,那是不可能的。人若不是社会性动物,不予以管教也无妨,只需要管好自己的吃喝穿住就可以。如果希望孩子一辈子理财或独自对着电脑生活,也许也可以。但如果希望孩子作为社会的一员,得到他人的认可,像普通人生活,就必须从小培养与他人和谐共处的方法。 在黑猩猩研究领域与珍妮·古道尔博士一同被称为双璧的弗兰斯·德瓦尔博士在对黑猩猩进行研究后,得出了“在黑猩猩社会中,知道‘谁’比知道‘什么’更加重要”的结论。这句话听起来像是支持地缘和学缘的言论,但仔细一想,该结论其实在表达,就像人类社会中人际关系十分重要一样,在黑猩猩的社会中,“黑猩猩之间的关系”也同样重要。不懂得体谅和关心他人感受的人,怎么可能与他人和谐相处呢? 有些人也许会疑惑,动物社会也存在教育制度吗?其实它们也有一套它们自己的“教育和学习制度”。动物社会的学习以模仿为主。众所周知,邻国日本的猴子会将粘有沙子的红薯冲洗后食用。不过,这种行为并不是它们原有的行为习惯。而是模仿一只叫做IMO的十分聪慧的两岁母猴的行为。除此之外,自然界中还有很多学习和模仿其他个体行为的例子。 如上述,动物社会有一套自己的学习模式,那么也有教育模式吗?虽然不像人类社会存在有组织性的教育机构,但可以肯定的是,它们也有自己的教育课程。比如,鸟妈妈会在幼鸟开始长出羽毛时教其如何飞翔。从这里就能看出动物世界有一套自己的教育课程。鸟妈妈会先示范如何飞翔,再鼓励幼鸟模仿自己飞翔的行为,这时鸟妈妈的模样犹如人类社会里的老师。再如,豹妈妈经常将它们活捉的猎物扔给其幼崽。这是为了让幼崽在观看豹妈妈打猎的同时学习和实践他们学到的东西。因为豹妈妈十分清楚,自己不可能一直陪在幼崽身边给它们捕食,所以也不会轻易地给它们喂食,只会努力地教育它们。我认为,我们必须严格及时地教育我们的孩子,以免错过最好的教育时机。就像那即便幼鸟一次次地飞落到地上也不会放弃幼鸟的鸟妈妈一样。 此文摘自崔在天教授的文章并进行了重新编辑,通过下方的出处可查看原作者的文章。《改变爱的方式》第117-132页,《教与学的生物学》,韩国青少年咨询院编纂(2002年) 文章 / 崔在天(梨花女子大学生态科学系特聘教授,生命多样性财团代表) 专门研究动物行为学的生物学家。前首尔大学教授,前国立生态院院长,现任梨花女子大学特聘教授,生命多样性财团代表。他表示“人类想要实现可持续进化并继续生存,必须和谐共生”,并提倡将现生人类“Homo sapiens(智人)”改称为“Homo symbious(共生人)”。

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