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子どもたちの幸せな学びと成長 暮らしを創る街結合型学校に向けて

『今、ソウル教育』2021年夏季号は、学校と街の中で生徒たちが幸せに学び、かつ成長できるするよう学校と街が協力する教育活動である「街結合型学校」についての特集を組んだ。学校と街をつなぐ連携教育は、毎日学校に通えないコロナ禍の状況で特に効果的な教育のあり方として注目されている。革新教育の実践を考える街教育コミュニティー専門家であり、韓国外国語大学校師範大学教授でもある金ヨンリョン氏は、街結合型学校の可能性をどう捉えているのだろうか。 学校と街の共生、「街結合型学校」 学校と街の共生、「街結合型学校」 韓国各地で街教育コミュニティーをめぐる議論と実践が進んでいる。地域社会の生態的な環境と条件を土台に、子どもたちを民主的かつ生態的な市民に育てるための取り組みが成果を出しているのである。地域の生態(暮らしのあり方)と相まってシナジー効果を出そうとする取り組みは単に教育分野のみならず、すでに幅広い領域で行われている。 例えば、地域の好循環リサイクルを再生するために、都市再生や社会的経済、そして生活SOC(Social Overhead Capital)などの様々なアプローチが行われている。ソウル市は、このような街教育コミュニティーを実現したいとの理念のもと、街結合型学校を本格化している。「すべての子どものための学校自治」を究極の目標に掲げ、学校の教育能力と街の教育能力を結びつけることでシナジー効果を出そうとしている。暮らしと学びを一致させる教育を行うためには、街と学校が連携し協力する必要がある。学校と街は本来一つだった。よい街には必ずよい学校があり、廃れた街には例外なく質の低い学校がある。言い換えれば、街をよくするためにはよい学校が必要であり、よい学校を作るためには必ずよい街を作らなければならない。これまで「教育革新」や「学校の立て直し」などが困難だった理由は、学校さえ改革すれば教育は変えられるという狭い考え方に軸を置いていたからだ。 最終的に街が変わってこそ教育は変わり、学校が立ち直ってこそよい街になる。こうした観点から学校と街は、社会的資本(social capital)によりつながっている構造だと捉えることができる。 学校と地域社会が密に連携しているネットワークを形成することで、学校に対する街の信頼が深まる。そして信頼が深まってこそ、街結合型学校は初めて持続可能な意味をもって発展できると思う。 学びと暮らしが共存する教育を目指して 学びと暮らしが共存する教育を目指して 今までの公教育は学校教育を指していた。学校の外側で青少年たちが何かを学んだり経験したりすることは、公教育ではなく私教育に当たるため、公的領域の関心と支援の範囲に入らなかった。子どもたちの成長と学びが学校に偏っているせいで、学校には必要以上の負荷がかかり、学びと暮らしがかけ離れる現象が慢性化した。 学校の道徳テストで満点を取ったからといって、その生徒のモラル意識に問題がないとは言えないように、学びと暮らしが何の関係も持っていないのが現状である。韓国社会が強調している民主的な市民教育・創造的な体験・進路教育などが、学校という空間で教科書という媒体を通じて詰め込み式で行われては未来の教育に希望はない。 子どもたちの成長と学びは、学校という垣根の中だけで行われるものではない。街教育コミュニティーを通じて子どもたちが学校の垣根を越えて学ぶ姿を見て、多くの人々は未来の教育を思い描いた。実際の暮らしの中で学び実践することで幸せになる教育。これこそ、まさに教育の本質ではなかろうか。 今や校内の教育と同じぐらい校外の教育も重要な時代だ。そのため、校外の教育は公教育化が進んでおり、そのスピードも今後さらに加速化するに違いない。学校と街が向き合い、ともに教育について考え実践することが未来の教育への備えになると思う。ソウル市が2015年から始めたソウル型革新教育地区事業のパートナーは地方自治体である。 事業期間が7年に上り、今や自治体は教育の立派な主体となった。地域社会の住民も街教育コミュニティーを通じて教育に参加するようになり、「街へ行く学校、学校へ来る街」が目に見える成果を出している。 今では自治体だけではなく、地元住民も教育の主体になっている。そのため、学校と地域社会とのつながりはさらに重要性を増している。 尊重と協力の教育的専門性・街の専門性 尊重と協力の教育的専門性・街の専門性 街結合型学校で運営しているカリキュラムは、学びと暮らしをつなげる「実践的教育」と、暮らしの中で材料を見つける「現状基盤型教育」、そして地域社会と連携する「コミュニケーションする教育」を掲げている。 平たく言えば、このカリキュラムは「街の生態(暮らしのあり方)という文脈の中で連携と融合を通じて学ぶ」ことである。ここ数十年間にわたって支配的だった教育パラダイムは、いわば「産業時代の教育観」だ。大量生産と大量消費の時代では「効果」と「効率」が強調され、よって「分業化」と「専門化」が定着した。 そして、このような価値と原理は教育分野にもそのまま取り入れられた。人生に必要なのは問題を解決する総合的な能力であるにもかかわらず、学校では教科ごとに区分された知識を教えるだけだった。 大勢の生徒を学級と学年で区分したせいで相互作用は阻まれ、また専門性を口実に学校と街は切り離された。 その結果、学びと暮らしの間に境界線が引かれた。今後のネットワーク時代に備えて学校がプラットフォームになるべきだという話は、これまで分断されていたものをつなぎ直し融合することで、学習者が自主的かつ実践的に学ぶ機会を広げることを意味する。つまり、知識の伝達よりは教科と教科の統合により能力を培う機会を与えることを優先し、また学級と学年の壁を低くすることで子ども同士の活発な相互作用を図る。最後に学校と街が連携して有機的かつ生態的に成長できるようにするのである。それは究極的に暮らしと学びを一致させることにほかならない。こうした街結合型カリキュラムの企画・運営には街の協力が必要となる。学校には「教育的専門性」が、街には「街ならではの専門性」がある。これからは個々の専門性を尊重しつつ、お互いの弱みを補い合う努力が求められる。 生態的なカリキュラムを作るには街の専門性を伸ばそうとする学校の努力が必要だ。同時に、街は教育的専門性を高めるよう取り組まなければならない。 街を知ることは、すなわち成長すること。 街を知ることは、すなわち成長すること。 大学受験システムに左右される韓国の教育現場から見れば、街教育コミュニティーはいたって理想的な掛け声に過ぎないかもしれない。未来の教育をめぐる議論と教育革新の実践がすべて大学受験という溶鉱炉に溶け込むのが現在の教育現場だ。この状況の中で、街を通じて学んだり、街について習ったり、街のために実践したりすることに果たして何の意味があるだろうか。一部の保護者と教諭は、街教育が時間の無駄であるとの疑念をぬぐい切れないかもしれない。街教育による先進的な事例はほとんど感動的だ。子どもたちが寄り添い合って物事を感じ、経験して学ぶ姿を見て、たいていの大人は「完全な成長とはこういうことか」と思う。しかし、それは長くは続かない。すぐ受験教育に没頭し、熾烈な競争に勝ち抜くことばかり考えてしまう。だから大人は街教育を「確かにいい取り組みだけれど、非現実的だ」と考えてしまうと思う。大人の目に映る子どもたちの人生は「勉強」か「遊び」しかない。教科書を勉強すること以外はすべて遊びだと思ってるだろう。だから成長という言葉は一向に通じない。 厳密に言えば、受験競争はいわゆる一流大学に入るための上位1割同士の戦争である。残りの9割の子どもたちは否が応にもその戦争に参加せざるを得ない構造なのだ。それなのに街について知ることが一体何の役に立つというのだ。 この問いには2つの反論ができる。まず、激しい競争を勝ち抜いて一流大学に入るための勉強は、順位付けという関門をクリアしなければならないがゆえに、問題演習と暗記の繰り返しに頼らざるを得ない。そして、このやり方に重点を置いている教育は完全な成長のための教育とは言えないのだ。 既成世代と呼ばれる大人たちは、社会の雰囲気に従うしかないという防御的な理屈を捨て、未来の教育を案じて競争中心の教育をいつまで続けるのかについて深い反省と熟慮を重ねる必要がある。 加えて、街について学ぶということはその街の人口や産業構造、地名の由来などを単純に覚えるのではなく、街の生態、すわなち暮らしのあり方を経験することを意味する。子どもたちは自分が住んでいる街で世界を経験する。街には社会的経済があり、住民同士の思いやりがあり、多様な考え方と認識があり、個人の歴史があり、彼ら固有の言葉と文化が存在する。街教育の事例からも分かるように、子どもたちは街について、そして街のために学んで実践していくことで、自己を知り、自分の将来を設計し、創り上げる。まさに能力中心の成長が実現するのである。これを非現実的だとする論理は自己否定の表れではないだろうか。時間がもったいないといって、本当の教育をなおざりにするわけにはいかない。 文 | 金ヨンリョン (韓国外国語大学校師範大学教授) 街教育コミュニティーフォーラムの政策委員長を務め、革新教育の実践と持続可能な街教育コミュニティー作りを目指している。主な著書として『街教育コミュニティーの生態的意味と実践(サルリムト出版社)』や『ソウルの街教育(共著、サルリムト出版社)』などがある。

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孩子们的幸福学习与成长 打造体验生活的社区结合型学校

2021年《当今首尔教育》夏季号推出了社区与学校携手的教育活动社区结合型学校企划特辑,旨在学校与社区实现学生的幸福学习与成长。连接学校与地区的社区结合型教育是一种新兴教育形态,在当前因新冠肺炎疫情上学受限的情况下效果尤其明显。致力于思考创新教育实践的社区教育共同体专家——韩国外国语大学师范学院的金勇连 教授是如何看待社区结合型学校的可能性的呢? 学校与社区的共赢,社区结合型学校 学校与社区的共赢,社区结合型学校 全韩国范围内关于社区教育共同体的讨论与实践愈演愈烈。这意味着利用社区的生态环境与条件,让孩子们成长为民主、生态市民的努力正在结出成果。不仅在教育界,多个领域内都在努力尝试结合地区生态(生活面貌)发挥协同效果(synergy)。例如,城市再生或社会经济、生活SOC(Social Overhead Capital)等都是重塑地区良性循环结构的方法。为实践这种社区教育共同体,首尔教育正在全面推进社区结合型学校,旨在以“覆盖所有孩子的学校自治”为目标,将学校的教育力量与地区的教育力量结合,进而发挥协同效果。为实现“在生活中学习,在学习中生活”这个目标,地区与学校必须紧密联合。学校与地区本为一体。优秀的地区一定有优秀的学校,而落后的地区只能有落后的学校。换言之,要想改善地区,需要有优秀的学校;要想打造优秀的学校,就一定要改善地区。过去“教育创新”或“整顿学校”之所以困难,是因为我们局限于只想通过学校改革来改变教育。而归根结底,只有地区改变,教育才会改变,只有学校优秀,地区才会改善。所以,学校与地区可以视为由社会资本(social capital)连接的结构。在学校与地区社会紧密连接的社会网络基础上,只有地区对学校的信赖加强,社区结合型学校才能获得可持续的意义与发展。 在生活中学习,在学习中生活的教育 在生活中学习,在学习中生活的教育 迄今为止,公共教育通常意味着学校教育。因为青少年在校外进行的学习及体验被认为是私人教育、而非公共教育,所以不在公共领域的支援范畴内。孩子们的成长与学习都依靠学校来完成,难免会加重学校的负担,进而导致了学习脱离生活。比如,某个学生在学校的思想品德考试中考了满分,但无法因此肯定地说他是个思想品德很好的孩子,学习与生活没有关联是当下的现实。如果我们社会强调的民主市民教育、创意体验、职业生涯教育等只能在学校范围里仅通过教科书死记硬背的话,那未来教育的前景将黯淡无光。 孩子的成长与学习并非只能在学校这个围城里完成。通过社区教育共同体孩子们走出学校这个围城获得知识的过程中,很多人在思考未来教育。在生活的脉络中学习和实践并获得幸福的教育,这不正是教育的本质吗?现在,校外教育与学校教育同等重要的时代已经到来,这将进一步促进校外教育的公共教育化。学校与社区共同思考并实践教育,就是在为未来教育做准备。首尔教育自2015年开始推进的首尔型创新教育区项目的合作伙伴是地方自治团体。项目持续7年,地方自治团体俨然已经成为教育主体。随着地区社会居民也通过社区教育共同体参与教育,“走进社区的学校,来到学校的社区”已初现雏形。随着地方自治团体和地区居民成为教育主体,学校与地区社会的连接也变得愈加重要。 尊重与合作的教育专业性•社区专业性 尊重与合作的教育专业性•社区专业性 社区结合型学校开设的教育课程标榜学习与生活并行的实践教育,在生活中寻找素材的现象基础型教育,以及与地区社会沟通的教育。用一句话来总结就是,“在社区的生态(生活面貌)脉络中通过连接与融合达到学习目的的教育课程”。过去主宰几十年的教育模式是所谓的“工业时代的教育观”。在大量生产与大量消费的时代强调的是效果性与效率性,为此分工化与专业化是常态。而且,这样的价值与原理同样也反映在教育界。生活中需要的是解决问题的整体能力,但学校教授的却是分而化之的各科目知识。将大量学生按班级和年级区分后,无法充分发挥相互作用,受专业性限制,学校与地区是分离的。其结果是学习与生活隔离。随着网络时代的到来,学校作为一个平台,需将过去分离隔开的东西连接并融合,扩大学习者主导实践型教育的机会。换言之,比起传递知识,通过整合教学科目提供培养能力的机会,并降低班级与年级的划分条件,促进孩子之间的相互作用,学校与地区沟通,实现脉络清晰的生态型成长。最终达到在学习中生活、在生活中学习的目的。企划并管理这种社区结合型教育课程需要与地区合作。学校具有教育专业性,地区具有社区专业性。如今需要的是尊重彼此的专业性并弥补彼此的不足。只有学校努力扩大地区的社区专业性,地区不断积累教育专业性,才能打造生态社区教育课程。 了解社区,就是成长的过程 了解社区,就是成长的过程 在实施高考体制的韩国教育现实中,社区教育共同体可能只是极其理想的口号。在将所有未来教育的论述与教育创新的实践都与大学挂钩的教育环境中,通过社区学习,学习社区相关知识,为了社区而实践究竟有什么意义呢?部分家长与教师可能会认为社区教育只是浪费时间。而关于社区教育的大部分先进案例令人感动。看着孩子们通过磨合、感受、体验创造学习成果,大部分大人都会感叹“原来这就是全面成长啊”。不过,这种感叹也只是短暂的。最终还是会回到竞争激烈的应试教育中。大人通常会觉得“社区教育固然好,但不现实”。 在大人的眼中,孩子的生活除了学习就是玩。除了学习课程之外只剩下玩。不会考虑成长的问题。严格地讲,考大学是前10%学生进入所谓名校的战场。剩下90%的孩子不管是否愿意,都无法参与到这个战场中。在这种情况下,就会认为学习社区相关知识有什么意义呢?对此,我有反驳两点。首先,想要通过激烈的竞争进入名校必须通过区别(名次划分)这个关卡,所以只能依赖反复解题和熟记。而且,侧重于这种方式的教育不能视为全面成长。与其归咎于社会环境,随波逐流,更需要成年人反省和思考什么是未来教育,目前这种以竞争为主的教育要持续到几时。 其次,学习社区相关知识不是单纯地学习社区的人口、产业结构、地名由来等,而是体验地区的生态,即,体验生活。孩子们通过生活的地区体验世界。每个地区都有社会经济,有彼此的照顾,有思维与认识的差别,有个人的历史,有其特有的语言与文化。从社区教育案例中可以看出,孩子们学习社区相关知识并为了社区而实践的过程中,可以寻找自我,开拓自己的人生,并设计自己的未来。这才是实现以能力为中心的成长。这才是真正的教育,“不现实”的逻辑难道不是自我否定的表现吗?不能以浪费时间为由就不进行真正的教育。 文 | 金勇连 (韩国外国语大学师范学院教授) 曾连任社区教育共同体论坛政策委员长,致力于创新教育的实践,打造可持续发展的社区教育共同体。主要著作包括《社区教育共同体生态意义与实践》(居所)与《首尔的社区教育》(合著)(居所)等。

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조희연 교육감이 지난 임기를 반추하며 서울교육이 걸어온 길을 되짚어보고, 가야 할 길을 내다본다.

迎接又一个全新的十年

不知不觉间,已经到了和2019年己亥年说再见的时候了。正如古代一位圣贤所说:“往古者所以知今”,过去并不是毫无意义的时间流逝,而是开启未来的钥匙。在2020年庚子年到来之际,教育监曹喜昖对上一任期进行了总结,回顾了首尔教育走过的路,并对未来的道路进行了展望。 首尔创新未来教育获得的成果和遗留课题 迎接新千年的激动之情仿佛还没有消退,21世纪10年代就已经接近尾声,即将进入20世纪20年代。通常,人们习惯以一年为单位生活。岁末总是会以遗憾的心情回顾过去的一年,年初又会重新制定减肥、运动、戒烟等新年计划。首尔教育共同体也不例外,每年都需要以预算和结算为中心制定并执行项目,因此尤其熟悉一年这个单位。 然而,一想到各方面的未解决问题和堆积在我们面前的重大改革课题,就会知道,如果不是岁末年初,很难有机会以年为单位进行思考。因为有很多情况都要以月,甚至是周或日为单位推进项目并管理矛盾。更有甚者需要争分夺秒。即便如此,还是要顺利结束一年的工作,同时为新的一年做好准备,这个过程对每个人来说都必不可少。 我想借2020年到来之际,回顾过去五年半的任期。在过去的一段时间里,我和各位一起一路向前,从没有片刻停歇,此次回顾旨在确认我们的前进方向是否正确、在以往过程中获得的成果和局限是什么,以及现有目标的完成度。当然,我也由衷地希望通过分享我们共同完成的工作,让每一个人有机会为自己感到骄傲。 最先想到的工作是开办公立特殊学校——罗来学校。继2002年庆云学校后,时隔17年再次开办公立特殊学校。而且2020年,位于江西区的瑞进学校也将正式开校。同时,有过一些悲痛过往的私立仁江学校也转变为公立兜率学校,并于不久前举办了开学典礼。为实现“不放弃任何一个人的教育”,首尔教育厅齐心协力,协调解决了诸多问题。当然,并不能说我们已经做到了最好。今后还应继续全力以赴,以确保学生个人的缺陷不会成为学习的绊脚石。 第二点是创新教育的大众化。 创新学校已从2015年的97所增至2019年的221所,在所有学校中的占比为16.8%。其中,小学为164所,已达到27%。同时,截至2019年,创新教育地区也从2014年的九老、衿川两个区扩展至全部25个区。创新教育是当今时代的主流。众所周知,这一过程本身并不容易。如今还在持续向市民说明在瞬息万变的时代,创意性、自律性和民主性等创新教育的价值是必备条件,并努力说服市民接受这一点。到2020年,导入首尔型创新学校即满十年。在迎接创新学校十周年的同时,我们同样面临着扩大创新教育的数量、实现质的飞跃这一课题。 第三点是奠定未来教育的基础。为了“首尔型创客教育”,开发并普及与教育课程相关联的活动,同时选定据点中心和模范学校,构建了基础设施。即使已完成上述工作,技术变化速度之快依然是极大的挑战。因为要同时重新配备软件和硬件,所以需要更加果断的投资和支援。截至目前,只创办有四所创新未来学校,今后需要进一步扩展。此外,特性化高中也不应是单纯的职业学校,而是要将其打造成为培养未来专业人才的摇篮。目前,全球化和技术发展是定义生活的最大潮流,当务之急是建立可以培养率先应对这一趋势的人才。未来教育并非是单纯的配套教育,或是以“做不做都可以”这种想法草草了事的议题。我们要时刻铭记,未来教育是首尔教育最迫切的主题之一。 已经完成、正在完成和今后即将完成的工作 下面是校外青少年教育参与补助的成果。包括议会在内,各界都曾有很多担忧。 稍微夸张一点来说,所有人都对此抱着半信半疑的态度。在这种大环境下,秉持着对校外青少年的信任和关爱,我们依然坚定地推进了相关项目,因此更具意义。其实,内部并非对此毫无担忧,不过好在结果非常鼓舞人心。校外青少年帮助中心“与朋友”的注册人数同比增长了3.9倍。辍学学生学习支援示范项目也提升了2.5倍之多,有更多的青少年参与其中。 检定考试应试者和合格者也增加了约1.6倍。复学人数达到了19人。事实证明,只要成人倾注关心,为青少年提供一点点关注和支援,便可以实现巨大变化。我们在继续关心校外青少年的同时,还应关注在校园这一象牙塔内的更多学生。 学校变得更加安全。2014年前,校园安全事故频发,2015年的安全事故达到了13458件,此后持续递减,截至2018年,校园安全事故降至11864件。我认为这不是通过话语或书籍,而是通过体验获得的教育成果。2019年为学生安全体验教育分配了超过18亿韩元的预算,为2154所学校提供了支援。此外,为应对微尘,已为42348间普通教室安装了空气净化装置,安装率达到100%。安全永远都是首位。若校园中还遗留有不稳定因素,那么就需要动员一切手段优先解决这些问题。只有成为学生和教职员工都可以放心开展活动的学校,才能称之为“清晨心动学校”。 此外,首尔教育已经完成、正在完成和今后即将完成的工作还有很多,例如课程创新、教室革命、“身着校服的市民”政策、扩大奥德赛学校、通过行政创新实现教务正常化、缩减政策项目并扩大学校自律性、移交校园暴力业务、特性化高中国际化、扩大免费供餐和免费教育、解散韩国幼儿园总联合会、高中体制改编等。我认为我们完全有资格为自己感到骄傲。虽然从某些方面来看,有些变化的推进速度慢到令人心塞,但正是因为我们不放弃并坚持不懈地努力,才使我们走到了今天。这些一定要从全局着眼。正因为如此,在新年到来之际,希望我和各位都能够多一份从容,并承诺无论做任何事情,都会时刻谨记首尔教育的大潮流和大方向。 希望各位在新的一年能够获得“游刃有余”这份福气。 文 曹喜昖 (首尔市教育厅教育监)照片来源 首尔市教育厅

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조희연 교육감이 지난 임기를 반추하며 서울교육이 걸어온 길을 되짚어보고, 가야 할 길을 내다본다.

再び新しい10年を迎えて

いつの間にか、2019年も終盤に差し掛かっている。「古事所以知今(歴史を鏡として、未来を切り開こう)という昔の賢人の言葉のように、過去は過ぎ去ってしまった意味のないものではなく、未来を切り開くためのカギとなる。2020年を迎え、チョ・ヒヨン(曺喜昖)教育監がこれまでの任期期間を振り返り、ソウルの教育が歩んできた道を点検することで、これから歩むべき道を自らに問う。 ソウル革新未来教育、その成果と課題 新しいミレニアムを迎えたときのときめきを、つい昨日のことのように思い出しますが、もう2010年代が終わり、2020年代を迎えようとしています。人は1年を節目として暮らすことに慣れています。師走になると、一年が終わることを残念に思い、年の初めにはいつも、ダイエットや運動、禁煙などの一年の目標を立てます。毎年、予算と決算を中心に事業を計画・執行しているソウル教育共同体は、なおのこと1年という節目に非常に慣れています。 毎日のように積み重なっていく懸案問題や改革の課題を考えると、年末年始でもない限り、年単位で考えることもなかなか難しいということを、実感します。月単位、ときには週単位、1日単位で事業を行い、葛藤を管理しなければならない状況が多々あるからです。ときには1分1秒を争うときだってあります。それでも一年を締めくくり、新年に備える過程は、我々全員にとって、なくてはならない時間です。 私は2020年を迎え、今までの5年半の任期中を顧みたいと思っています。今まで皆様と共に、休むことなく走ってまいりました。ただ、私たちが走っている方向は、果たして間違っていないか、今までの過程で得られた成果や限界は何か、そして我々はどこまできていて、どこに立っているかを確認するためです。そして何より、私たちがいっしょに成し遂げたことを分かち合うことで、私たちがそのことに矜持を感じるきっかけになれば、という気持ちもあります。 最初に思い浮かぶのは、公立特殊学校「ナレ学校」を開校したことです。2002年にキョンウン(慶雲)学校が開校して以来、公立特殊学校が開校したのは17年ぶりです。そして2020年には、カンソ(江西)区にソジン学校が開校する予定になっています。そして様々な問題が露呈した私立のインガン(仁江)学校も、公立のトソル学校に転換され、少し前に開校式が行われました。「一人も諦めない教育」を実現するため、当教育庁は一致団結して数々の問題に取り組み、解決してきました。しかし、まだ十分とは言えません。これから、児童・生徒たちが自分の障害により学べないということが起こらないように、これからも最善を尽くしていかなければなりません。 第2に、革新教育を大衆化したことです。「革新学校」は、2015年の97校から、2019年には221校にまで増加しました。これは全体の学校のうち、16.8%に達する数字であり、小学校の場合、164校・27%にも上る数字です。そして「革新教育地区」は、2014年にクロ(九老)・クムチョン(衿川)の2区から、2019年には25区すべての地域へと広がりました。「革新教育」は今、大きな潮流になっています。ご存知のように、ここまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。創造性、自律性、民主性などの革新教育の価値が変化の時代には欠かせないということを、市民の皆様に説明し、説得するという大変な道程があり、それは今も進行中です。2020年は、「革新的なソウル型学校」が取り入れられて10周年になる年です。革新学校10周年を迎え、革新教育の量的拡大から質的向上を成し遂げるという課題が、私たちに残っています。 第3に、未来教育の礎を築いたことです。「ソウル型メーカー教育」のために、教育課程と連携したプログラムを開発・普及する一方で、拠点センターやモデル学校を選定し、インフラを構築してきました。それにも関わらず、速い技術の変化は、乗り越えるべき大きな課題です。ソフトウェアとハードウェアを両方とも新しく備えなければならないため、さらなる思い切った投資と支援が必要な状況です。4校しかない「革新未来学校」も、さらに増やしていかなければなりません。そして「特性化高校」は、単なる職業訓練校ではなく、未来に備えた専門的な人材を育てるゆりかごとして変わっていかなければなりません。今、我々の人生を変える大きな流れであるグローバル化と技術の発展に、積極的に対応していくことのできる人材を育てる教育が必要です。未来教育は、単に形だけを取り入れたり、あるいは「成功すれば儲けもの、だめならそれはそれで」と考えればいいような、生半可な課題ではありません。ソウル教育において、最も切実なテーマの一つであることを、忘れてはならないと思います。 成し遂げたこと、成し遂げつつあること、これから成し遂げるべきこと 以下は、学校外青少年への教育参加手当の成果です。議会をはじめとし、各界の憂慮がありました。大袈裟に言うと、皆が半信半疑という雰囲気でした。それでも、学校外青少年への信頼と愛情をもって、粘り強く進めてきた事業ですので、その意味は格別です。実は、内部でも心配の声がなかったわけではありませんが、その結果は非常に励みになるものです。学校外青少年ヘルプセンター「チングラン(友達と)」の登録人数が、前年比3.9倍に増加しました。学業中断生徒への「学習支援モデル事業」にも、これまでの2.5倍に及ぶ生徒が参加しました。検定考試の受験者と合格者も、約1.6倍に増加しました。学校へ戻った生徒も、19名います。生徒たちは大人の懸念が杞憂だったことを、少しの関心と支援で大きな変化が可能であることを証明してくれました。私たちは、学校外青少年への関心を持ち続け、学校という囲いの境界にいる多くの生徒にも、さらに関心を持つ必要があります。 学校も、以前より安全になりました。2014年までに増え続けた学校で発生する安全にかかわる事故も、2015年の13,458件から2018年には11,864件へと、減り続けています。言葉や書物ではなく体験を通じた教育の成果だと思っております。2019年にも、18億ウォンを超える予算を、学生安全体験教育に割り当て、2,154校を支援しました。また、微小粒子状物質(PM2.5)の対策として、42,348のすべての一般教室に、空気浄化装置を100%設置完了しました。何より優先すべきことは、安全です。学校にまだ不安な要素が残っているようでしたら、無理をしてでも、それを優先して解決しなければなりません。児童・生徒と教職員が皆安心して活動できる学校であってこそ、「朝が待ち遠しくなる学校」といえるのです。 他にも、授業革新、教室革命、「制服を着た市民」政策、 オデッセイスクールの拡大、行政革新による学校業務の正常化、政策事業の縮小及び学校の自律性の拡大、学校暴力業務の移管、特性化高校の国際化、無償給食・無償教育の拡大、韓国幼稚園総連合会の解散、高校システムの改編など、ソウル教育が成し遂げたこと、成し遂げつつあること、これから成し遂げるべきことが無数にあります。私は、私たちが矜持を持ってしかるべきだと考えています。あるときは、遅々として進まない変化に苦しさを感じることもありましたが、あきらめずに弛まぬ努力を傾けたこそ、ここまで達成することができました。全体を見ないと、見えないようなことです。そして新年には、自分から余裕をもって、何をするにも、ソウル教育の大きな流れと方向性を見据えて、皆様と共に歩んでいくことを心に誓います。 新年は、「余裕」という贈り物を、皆様が手にすることをお祈りします。 文 チョ・ヒヨン(曺喜昖)(ソウル市教育庁教育監) 写真提供 ソウル市教育庁

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